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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)4617号 判決

原告

青木敏郎

被告

赤星章信

主文

一  被告は、原告青木敏郎及び同青木しまこに対し、各金一四三二万六九九六円及び各内金一二八二万六九九六円に対する昭和五六年一〇月二九日から、各内金一五〇万円に対する昭和五七年五月一二日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

五  被告において、原告青木敏郎に対し金一四三二万円の担保を供するときは同原告の前項による仮執行を、原告青木しまこに対し金一四三二万円の担保を供するときは同原告の前項による仮執行を、それぞれまぬがれることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告青木敏郎及び同青木しまこに対し、各金四九三三万四六二二円及び各内金四六八三万四六二二円に対する昭和五六年一〇月二九日から、各内金二五〇万円に対する昭和五七年五月一二日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五六年一〇月二八日午前零時一五分頃、千葉県船橋市習志野台八丁目一〇番一六号先交差点(以下「本件交差点」という。)において、青信号に従い進入してきた訴外青木敏浩(以下「亡敏浩」という。)運転の原動機付自転車(登録番号船橋市か三一四一、以下「被害車両」という。)と右方交差道路から進入してきた被告運転の普通乗用自動車(登録番号習志野五六ぬ八五八八、以下「加害車両」という。)が衝突し、亡敏浩が死亡する交通事故が発生した(右の事故を以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告は、加害車両を自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づく損害賠償責任を負う。

(二) 被告は、本件交差点に進入するに際して、飲酒運転、一時停止義務違反、左方不確認、の各過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。

3  原告らの損害

(一) 治療費等 金八万九〇〇〇円

(右金員についてはすでにてん補ずみである。)

(二) 文書料 金五八〇〇円

(右金員についてはすでにてん補ずみである。)

(三) 葬儀費用 金八〇万円

(四) 逸失利益 金五二九七万九七四六円

亡敏浩は、本件事故当時一八歳で、日本大学土木工学科に在学し、将来は建築土木関係へ進む志を有していたのであり、本件事故がなければ少なくとも従業員一〇〇〇人以上の規模の企業へ進んだであろう蓋然性は高い。そこで亡敏浩の逸失利益の計算にあたり、昭和五六年賃金センサス産業計企業規模別(一〇〇〇人以上)学歴別(旧大、新大卒)の男子労働者の全年齢平均賃金金五一一万〇五〇〇円に、昭和五六年から同五七年にかけての賃金上昇率を年五パーセントとして計算した額を加算した金額を基礎とし、生活費として三五パーセントを控除し、ライプニツツ式計算法により年五パーセントの割合による中間利息(但し、物価上昇率を考慮して、事故後九年間の中間利息控除を年四パーセントとして計算する。)を控除して、逸失利益の死亡時における現在価額を算出すると、別紙計算書のとおり金五二九七万九七四六円となる。

(五) 慰謝料 金三〇〇〇万円

亡敏浩は、前途有為の青年であり、このような突発事故によりその意に反して一命を断たれた同人の無念さに、前記飲酒運転等の加害行為の態様の悪質さもあわせて斟酌すると、同人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は金三〇〇〇万円を下らない。

(六) 相続

亡敏浩の前記(三)ないし(五)の被告に対する損害賠償債権については、亡敏浩の父及び母である原告らが法定相続分に従い各二分の一ずつ相続した。

(七) 原告ら固有の慰謝料

原告らは、被告の飲酒酩酊運転により、かけがえのない一人息子を失いその心痛は言葉では言い表わせない。また、原告青木敏郎(以下「原告敏郎」という。)は、土木建材業を営んでおり、将来は亡敏浩に経営を継がせる意向を有していたが、その夢も頓挫した。右原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は、各金一五〇〇万円を下らない。

(八) 損害のてん補

原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から金一九九一万〇五〇〇円を受領し、被告から金二〇万円を受領した(各金一〇〇五万五二五〇円)。

(九) 弁護士費用

原告らは、被告が任意に支払をしないため、原告ら訴訟代理人らに対し、その報酬として金五〇〇万円の支払を約し、その負担割合は各二分の一ずつ(各金二五〇万円)である。

(一〇) 請求額合計

前記(六)、(七)及び(九)の合計額から(八)の金額を控除すると、原告らの被告に対する請求額合計は、各金四九三三万四六二二円となる。

4  よつて、原告らは被告に対し、各金四九三三万四六二二円及び各内金四六八三万四六二二円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五六年一〇月二九日から、各内金二五〇万円に対する本件訴状が被告に対して送達された日の翌日である昭和五七年五月一二日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実のうち、被告が運転する前に飲酒したこと(但し、四時間位の間にビールをコツプ四、五杯)は認めるが、その余の事実は否認する。被告に過失責任があることは争わない。

3  同3(一)、(二)、(八)は認め、(三)、(六)、(九)は不知、その余は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

亡敏浩には、本件交差点に進入するに際しては、交差道路からの車両の進入に対して注意すべき義務があるところ、本件事故においては、加害車両は交差点手前で一時停止をし、その後進入を開始したのであるから、亡敏浩は、同車の前照灯により同車の接近は容易に発見できるにもかかわらず、これに対する注意を怠り、また制限速度時速四〇キロメートルを超える時速八〇キロメートル以上の速度のままで本件交差点に進入した各過失があるから、本件損害賠償額算定にあたつては右過失を斟酌すべきである。

2  弁済

(一) 原告らは、損害のてん補として自賠責保険から原告らが自認する金一九九一万〇五〇〇円の他、金八万九五〇〇円(以上合計金二〇〇〇万円)の支払を受けている。

(二) 原告らは、損害のてん補として被告側から原告らが自認する金二〇万円の他にも金二一万円の支払を受けている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(過失相殺)は否認する。亡敏浩は制限速度四〇キロ以内の速度で青信号に従い本件交差点に進入したものであつて、亡敏浩に過失はない。

2  抗弁2(弁済)(一)の事実は認め、(二)の事実は原告ら主張の金二〇万円のほかには、被告側から金二〇万五〇〇〇円の支払を受けた限度で認め、その余は否認する。但し、右金二〇万五〇〇〇円の支払の趣旨は見舞金であるから、損害に対するてん補とはならない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び同2(一)(運行供用者責任)については当事者間に争いがないから、被告は、自賠法三条の規定に基づき本件事故により生じた損害を賠償する責任を負う。

二  請求原因3(原告らの損害)について判断する。

1  治療費及び文書料並びにそれらが既にてん補済みであることは当事者間に争いがない。

2  葬儀費用 金七〇万円

原告敏郎本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡敏浩の葬儀費用として原告ら主張の金八〇万円以上を要したことが認められるが、そのうち本件事故と相当因果関係のある損害は金七〇万円と認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  逸失利益 金三三三五万八九九三円

成立に争いのない甲第八号証及び原告敏郎本人尋問の結果によれば、亡敏浩は、本件事故当時、日本大学土木工学科に通学する一八歳の男子であつて、本件事故によつて死亡することがなければ二二歳から六七歳までの四五年間稼働が可能であり、大学卒業男子の全年齢平均賃金額程度の収入を得る蓋然性があつたことが認められ(なお、原告らは、亡敏浩が大学卒業後従業員一〇〇〇人以上の企業に就職する蓋然性は高いから、基礎収入算定にあたつては、右事実を前提とすべき旨主張するけれども、右に主張の事実を肯認するに足りる証拠はないから原告らの右主張は採用しない。)、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計大学卒業男子の全年齢平均賃金である金四五六万二六〇〇円を基礎とし、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五パーセントの割合による中間利息を控除し(なお、原告は、物価上昇率を考慮して事故後九年間の中間利息控除を年四パーセントとするべき旨を主張するけれども、右主張を肯認するに足りる事実関係を認めるに十分な証拠はないから原告の右主張は採用しない。)、亡敏浩の逸失利益の死亡時における現価を算定すると、次の計算式のとおり、金三三三五万八九九三円(一円未満切捨て)となる。

4,562,600×(1-0.5)×(18.1687-3,5459)=33,358,993

4  亡敏浩の慰謝料 金一〇〇〇万円

亡敏浩は、本件事故により死亡するに至る傷害を受け、多大の精神的苦痛を被つたことは容易に推認しうるところであり、本件事故の態様、同人の年齢その他諸般の事情を考慮すると、右精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇〇〇万円とするのが相当である。

5  相続

前掲甲第八号証によれば、原告らは亡敏浩の両親であることが認められ(右認定を左右すべき証拠はない。)るので、原告らは、それぞれの法定相続分に従い、亡敏浩の前記2ないし4の損害額の二分の一ずつにあたる金二二〇二万九四九六円を各自相続取得したものというべきである。

6  原告ら固有の慰謝料 各金一〇〇万円

原告敏郎及び原告青木しまこ(以下「原告しまこ」という。)各本人尋問の結果によれば、原告らは、いずれも本件事故により若年の亡敏浩を失い、多大の精神的苦痛を被つたことが認められるのであつて、右の精神的苦痛に対する慰謝料は、各金一〇〇万円とするのが相当である。

7  合計

以上5、6を合計すると、本件事故により原告らの被つた損害額は、各自金二三〇二万九四九六円となる。

三  抗弁について判断する。

1  現場の状況及び事故の態様について

いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一及び二、いずれもその成立に争いのない甲第九号証の一ないし八、第一一号証、第一五号証ないし第二一号証、乙第二号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第七号証、原告敏郎、同しまこ各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、千葉県八千代市方面から同県薬円台方面に向つて東西に通じる幅員五・五メートルのアスフアルト舗装道路(以下「加害車両進行道路」という。)と同県成田街道方面から同県高根台方面に南北に通じる歩車道の区別のある車道幅員六・六メートルのアスフアルト舗装道路(以下「被害車両進行道路」という。)との交差点であつて、加害車両進行道路には、加害車両の進行してきた薬円台方面から本件交差点に向かう同交差点の手前(西側)の位置に停止線及び一時停止の標識があり、また同交差点の東側には車両進入禁止の標識がそれぞれ設置されており、右道路の制限速度は時速三〇キロメートルと定められていた。次に、被害車両進行道路には、車両用信号機と横断歩道(歩行者用押ボタン式信号機付き)が設置されており、右道路の制限速度は時速四〇キロメートルであつた。なお、本件交差点には、加害車両の進行を直接規制する対面信号機は設置されていないが、被害車両進行道路の対面信号は、歩行者用信号機の押ボタンが押されて、車両用信号機の信号が赤に変る場合以外は、常に青信号となつているのであつて、加害車両進行道路側の車両の一時停止が厳しく要求されるところである。

被告は、本件事故前日の一〇月二七日午後八時頃から、事故現場近くの小料理店「文福」において友人らと共に飲食したが、その際翌二八日午前零時頃までの間にビール大びん四本程度を飲み(なお、前掲甲一七号証の一ないし三によれば、被告が本件事故直後の同日午前零時三〇分頃、船橋警察署警察官によつて飲酒量を検知されたところ、アルコール分が呼気一リツトル中〇・三五ミリグラム以上含まれていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない)、同日午前零時五分頃、右「文福」を出た後、加害車両を運転して、薬円台方面から八千代市方面に向けて進行中、本件交差点手前の停止線から約九・二メートル西寄りの地点で加害車両の速度を時速四〇キロメートルから三〇キロメートルに減速したが、前記ビールの酔いがまわり、前方注視ができないまま、停止線で一時停止することなく、交差道路を進行する車両に注意を払わずそのままの速度で漫然本件交差点に進入した。そのため被害車両進行道路(歩道も含む。)の西端の延長線上から垂直に約六・二メートル東寄り、加害車両進行道路北端の延長線上から垂直に約二・九メートル南の交差点内の地点において、高根台方面から成田街道方面に向け、青信号に従つて進行してきた被害車両の前輪が加害車両の前部左側にある助手席外側のドア付近に衝突するに至り、加害車両はそのまま右斜め前方に約一一・四メートル進行し、加害車両進行道路南側の民家ブロツク塀に衝突して停車した。右加害車両のスリツプ痕は認められず、被告は急制動の措置はとつていない。また、被害車両の衝突により加害車両の前部左側助手席外側のドアは大きく内側にへこみ、民家ブロツク塀への衝突により加害車両の右前部ヘツドライト等が破損した。

一方、亡敏浩は、友人宅ヘレポートを取りに行くため被害車両に乗車して高根台方面から成田街道方面に向けて対面信号が青信号である本件交差点手前に差しかかつたところ、加害車両を発見して急制動をかけたが間に合わず、前記のとおり加害車両に衝突した。そのため亡敏浩は被害車両から投げ出されて加害車両進行道路上に転倒した。前記衝突地点手前約九メートルにわたつて被害車両の一条のスリツプ痕が残されており、また、被害車両は排気量五〇CC以下の原動機付自転車ではあるが、スピードメーターが時速九〇キロメートルまでついているいわゆるスポーツタイプの車両である。

以上の各事実が認められる。被告は、その飲酒量についてはビールをコツプ四、五杯飲んだ程度であつたうえ本件交差点手前では一時停止をして右折しようとしていたものである旨主張し、乙第一号証の一(被告の刑事公判廷での供述調書)には、被告の右主張に沿う記載部分があるが、右記載部分は、前掲各証拠に照らし、採用しない。他に被告の右主張を肯認し、前段の認定を左右するに足りる証拠はない。

2  過失相殺について

被告は、亡敏浩に側方注意義務違反、制限速度違反の各過失があるからこれを斟酌すべきである旨主張するので、この点について判断する。

(側方注意義務違反の点について)

まず、被害車両進行道路の対面信号が青信号のとき、亡敏浩が右信号に従つて本件交差点に進入したことは前認定のとおりである。一般に対面信号が青信号だからといつて交差点における側方注意義務が否定されるわけではないが、前掲甲第一五号証の一ないし一二及び乙第二号証によれば、被害車両の進行方向右側には木立が立ち並び、右方(加害車両方向)の見通しが悪く、本件交差点直前まで進行しないと交差道路に他車が存するか否かが判明しない状況にあることが認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、るところ、被告は、亡敏浩は加害車両の前照灯により同車の接近を容易に発見しえたものであるとも主張するが、右に認定のとおり交差道路右方の見通しが悪く、加害車両も時速三〇ないし四〇キロメートルで本件交差点に接近してきたのであるから、亡敏浩が加害車両を発見した地点よりも手前の地点で同車の存在を発見しえたとは認めがたく、被告の右主張を肯認すべき事実関係を認めるべき証拠は存しない。したがつて、亡敏浩に側方注意義務違反の過失は認められない。

(制限速度違反の点について)

次に、被告は、亡敏浩は制限速度(時速四〇キロメートル)を超える時速八〇キロメートル以上の速度で走行していた過失があると主張し、乙第三号証(鑑定書)中には被告の右主張に沿う記載がある。右乙第三号証中の右記載は、乗用車の横滑り量及び変形量から時速を推定しているものであつて加害車両がハンドル操作をしていないことを前提としているが、前認定の事実によれば、衝突直前被害車両に気づいた被告において反射的にハンドルを右側に切つた可能性も否定できず、また、前認定のとおり、スピードメーターの数字は時速九〇キロメートルまでしかなく、被害車両が排気量五〇CC以下の原動機付自転車であつて、同車が九〇キロメートルの速度で走行することが現実に可能か否かも問題であるのみならず、同車が八〇キロメートルないし九〇キロメートルに達する程の速度で走行を続けることは、その走行安定性等の点からみても一般的には首肯しがたいところであるうえ、右推定の資料とされた外国車の衝突実験は、停止した乗用車にオートバイを直角衝突させた場合に関するものであつて、、本件のように歩行中の加害車両及び被害車両の衝突状態や姿勢角等の具体的な前提条件が正確に確定しえない場合にもそのままこれをあてはめることができるものとは考えられない。したがつて、右乙第三号証(鑑定書)の記載だけでは、被害車両が衝突前時速八〇キロメートル以上の速度で歩行していたことを認めるには十分でなく、他に右速度を明らかにするに足りる証拠は何もない。

もつとも、前認定のとおり、被害車両は、排気量五〇CC以下の原動機付自転車とはいうもののいわゆるスポーツタイプであつて、スピードメーターも時速九〇キロメートルまでついていること、また、被害車両のスリツプ痕が約九メートルにわたつて残されており、亡敏浩が加害車両を発見したときから衝突時までの間に急激な減速を行つたものと推認されるものにもかかわらず、加害車両の助手席のドア、被害車両の前部等がかなり大きく破損していること等を総合すると、亡敏浩が制限速度(四〇キロメートル)を超える速度で走行していた可能性は否定できないところといわなければならず、この点においては亡敏浩にも不注意があつたものといわざるを得ない。しかし、亡敏浩に右のような制限速度違反の不注意が認められるにしても、被告主張のような高速で走行していたものとは認め難いし、前認定の事実関係、特に被告は、運転開始前に飲んだビールの酔いがまわり、前方注視もできないまま、停止線で一時停止することなく、交差道路を進行する車両に注意を払わずに時速三〇キロメートルの速度で加害車両を深夜の交差点に進入させ、折から交差道路を青信号に従つて進行してきた被害車両をして自車に衝突させるに至つたものであつて、このような被告の過失が極めて重大であることと対比して考えると、亡敏浩の右の不注意を、本件における損害賠償額を定めるについて斟酌することは、民法七二二条の趣旨にかんがみ、妥当ではないものといわなければならない。したがつて被告の過失相殺の主張はこれを採用しない。

3  弁済について

原告らが自賠責保険から金二〇〇〇万円、被告から金四〇万五〇〇〇円(原告らが損害のてん補として自認する金二〇万円を含む。)の支払を受けたことは当事者間に争いがない。被告は、原告らに対し金四一万円(右金四〇万五〇〇〇円を含む。)を支払つた旨主張するけれども、金四〇万五〇〇〇円を超える支払がなされたことと認めるに足りる証拠はない。なお、原告らは、右金員中、原告らにおいて損害のてん補としてなされたものであることを自認する金二〇万円を超える金二〇万五〇〇〇円の部分の被告側の支払の趣旨は見舞金であつて、損害に対するてん補とはならない旨を主張するが、加害者側から被害者側に対し本件のようないわば偶発的なゆきがかりの両者間に発生した交通事故に関連して支払われた金員の如きは、その多寡及び名目のいかんにかかわりなく、両者間の事故前及び事故後の人的諸関係からみて、社会通念上見舞金ないし香典等の社交儀礼上の応待がなされてしかるべきものとみられるような客観的事実関係を背景に伴つている等の特段の事情がない限り(右の特段の事情の存する場合においても、支払われた金員の金額が社交儀礼上のものとみられるかどうかはまた別の問題である。)は、被害者側の被つた損害のてん補として支払われているものと理解するのが相当であるが、本件において右の特段の事情が存したと窺うべき資料はないから原告らの右主張は採用できない。したがつて、被告の原告らに対する損害てん補額の合計は金二〇四〇万五〇〇〇円(原告ら名自につき金一〇二〇万二五〇〇円)となる。

四  賠償額

1  前記二7の金額から右三3のてん補額を控除すると、原告らが被告に対し賠償を求め得る金額は各金一二八二万六九九六円となる。

2  弁護士費用 各金一五〇万円

弁論の全趣旨によれば、被告が原告らの損害を任意に賠償しないので、原告らが原告訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任し報酬の支払を約束したことが認められるところ、本件事案の内容、難易、審理の経過、請求額及び認容額等を考慮すると、原告らが被告に対し本件事故と相当因果関係ある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、各金一五〇万円とするのが相当である。

五  結論

よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、前記四1及び2の合計各金一四三二万六九九六円及び弁護士費用を除く各内金一二八二万六九九六円に対する事故の日の翌日である昭和五六年一〇月二九日から、各内金一五〇万円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年五月一二日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言及びその免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 仙田富士夫 芝田俊文 古久保正人)

別紙

(計算式) 〈1〉(302,100×12+1,485,300)×1.05×(1-0.35)×(18.1687-3.5459)=51,003,101

〈2〉

〈3〉

以上 〈2〉-〈1〉+〈3〉=1,976,645

51,003,101+1,976,645=52,979,746

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